「相談支援」って何だろう
2026.2.10
昨日は雪が降り道路も凍りました❄️
先日、枚方市障害福祉事業者連絡会に出席しました。
お題は「枚方市の相談支援の現状と課題」
あらためて、相談支援ってなんなんだろう?
と考える機会になりました。
枚方市は日本の市町村の中でセルフプラン率がすこぶる高いとのことで、それが障がいを持つ人の相談できる機会を奪っているからよろしくない。望まないセルフプランを減らしていこう。計画相談、相談支援専門員が受け皿となり相談できる環境を整え、適切なサービス利用につなげよう。という国の方針。
一方で、なぜ枚方市はセルフプランが多いのか。
今回の連絡会で話を聞いていて、これまでの先輩方、当事者の方々が活動されてきた、障害者解放運動の成果なのかな、と感じました。
自分のことは自分で決める。
サービスの必要性や量、スケジュールも含めてどんな生活をしていくか、身近な人(家族、デイや事業所のスタッフなど)と相談して決めていく。
セルフプランか、計画相談か。どちらが良いのか。
って、議論の論点がちょっとズレちゃう気がして、こたえがわからないまま。どうなんかなぁ。
誰もが相談したいと思った時にいつでも気軽に相談できる環境は絶対に必要。障害があってもなくても、なんでも1人で決めてる人間はいないはず。
自己決定ってひとりで決めることじゃないもんね。
みんな周りの人、環境の中で対話して、どうするか決めて生きている。毎日がその連続。
だから相談にアクセスできる環境は必須なんだと思います。
障害児者の相談を受けていくのが相談支援専門員。
私は相談支援の仕事をしていて、あんまり良い仕事ではないと感じています。
何が嫌って、長期目標と短期目標。課題解決。っていう概念が嫌いです。
なんで生活するのに目標をいちいち決めなきゃいけないのか。
毎年お正月に、今年の目標は?って発表しあう感じで、
「ダイエットがんばりまーす」
「いっぱい遊びまーす」「仕事がんばりまーす」
的な感じならいいんだけど
そんな感じじゃない。
相談支援専門員っていう職業にしちゃってるから、
もっともらしく書かなきゃいけない。
(それは私だけなのかなぁ?もっと気楽に相談して書いたらいいのかな。)
人間の生活全体をあんな項目にあてはめること自体ナンセンスなんじゃないかなぁ?と思いながらやっています。
もうひとつ疑問。
相談支援専門員の仕事のひとつに、適切なサービス利用に向けたアセスメント、というものもあります。
過剰なサービスになっていないか。本当に必要なサービスなのか。
これもまた、難しいです。確かに悪徳サービス業者もいますよね。不要なものをバンバン入れて儲ける。
それは置いといて、適切なサービスってなんなのかな、って思ってます。
相談支援の仕事の中で一番びっくりしたのが
お風呂は原則週3回まで。という決まり。
え?毎日入ったらあかんの?
普通(普通ってないけど、多くの人が毎日入りますよね。湯船に浸かって疲れを癒す文化、ありますよね。)毎日入ってますよね。私は朝も必ずシャワーを浴びてから仕事に行きます。
なのに、障害サービスでは原則週3回まで。
なんでー?不思議でなりません。
必ず言われるのが、お金には限りがあるんですよ。っていう話。確かに限りはあります。
でも、どう考えてもお金の配分を間違えてるって思います。格差がひろがる一方の日本。
お風呂に毎日入る、当たり前のことさえ保障できない貧しい国。
こうなると政治の話になっていくのかもしれませんが、
生産性のある人間と無い人間を分けて、
お風呂に毎日入っていいのは、生産性のある納税できる人間だけ。最初から納税できないか、納税し終わった人は週3回をありがたくお手伝いいただいて入るしかない。
現状はそういうことなのかな。
なんやと思ってるのかな。同じ人間なんだけどな。バカにしてるなぁ、って思います。
先日の衆議院議員選挙の結果、ますます格差が助長され、戦争へと向かっていくのだろうかと怖くなっていますが、やっぱり行動していかなきゃ、何ができるかな。
そんなことを考えながら。
こどもテラスから見える社会を変えていくぞー
決意をあらたに。
長々読んでいただきありがとうございました。
moe







